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田川簡易裁判所 昭和34年(ろ)204号 判決

被告人 鈴木円之助

明三三・五・一五生 無職

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中四〇日を右本刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和三四年六月八日午後一〇時過ぎから同一一時頃までの間に京都郡犀川町大坂八〇三番地竹下スミヱ方牛小屋において同人所有の黒牝牛(六才)一頭を窃取したものである。

(証拠)

(一)  先ず本件盗難のあつた時刻について考察するに

一  証人竹下正輝の証言によると、同人は本件盗難のあつた夜ラジオの名作アルバムの放送(午後一〇時から一五分間)が始つて間もなく、被害牛に飼料を与えたその時には判示牛小屋に牛は居たこと、

一  谷延高夫の司法巡査に対する供述調書によると、同人が田川郡香春町柿下のしん橋(通称柿下橋)附近で被害牛を発見したのは九日午前一時過ぎであつたこと、

一  判示被害場所から右柿下橋までは、検証の結果によると約六、四〇〇メートル(通常人畜が歩行している赤村大坂部落経由の最短距離の道による)でこの間被害牛を歩行させると早くて二時間八分位を要するので逆算すると八日午後一一時前となること、

を綜合すると判示の頃であつたと認められる。

(二)  次に

一  証人竹下正輝の供述によると判示場所において、竹下スミヱ所有の判示牛が何者かに窃取された事実

一  谷延高夫の司法巡査及び検察官に対する各供述調書並びに山本カナメの司法巡査に対する供述調書によると

(イ) 前記盗難のあつた二時間余り後に被告人が前記柿下橋の西側を被害牛を引いて歩いていた事実

(ロ) 右柿下橋上で休息していた谷延高夫らの姿を認めた被告人は急にあと戻りをして殊更に悪い道路に行きかけた事実

(ハ) これを追つた谷延から「待て待て」と言われたが一〇〇米位逃げた事実

(ニ) 追いついた谷延から質問されて住所を「赤村大内田」又は「油須原駅前」氏名を「山本はるお」とうそを言つている事実

(ホ) 柿下公民館において谷延が警察に電話しようとしたところ被告人は谷延に「この牛は闇の牛だが方城町(現場から約七キロメートルの距離がある、これは当裁判所に顕著である)まで一緒に来てくれ、そうすれば御馳走をして金一〇、〇〇〇円やる」と言つている事実

一  被告人の当公廷における供述及び前科調書によると、被告人が昭和二七年四月二二日飯塚簡易裁判所で懲役二年六月、昭和三一年九月二〇日当裁判所で懲役一年六月に処せられた各窃盗罪は、いずれも牛の窃取行為であり、且つ被告人は牛の扱いになれている事実

一  証人竹下正輝の証言によると、盗難の翌日大坂山の方に向つて(前記赤村大坂部落に至る道)牛の足跡があり、それが水のあるところを除けて歩いている点から相当牛の扱いになれた者の行為であること

を綜合して判示事実を認定する。

(被告人の弁解について)

被告人は「本件の牛は六月八日の夜一〇時半頃、油須原橋(田川郡赤村油須原の今川橋)附近において行橋市居住の「たなかはるお」と言う人から金四五、〇〇〇円で買受けた」旨弁解するが

一、前示認定の本件盗難が判示六月八日午後一〇時過ぎから午後一一時までとして、検証の結果と対比して見ると

(イ)  被害場所から赤村の山浦部落を経て油須原橋附近に至る(この道路は自動車は通行し得ない)距離は約六、一五〇メートルで被害の牛を歩行させるとその時間は早くて二時間余りを要するので午後一〇時三〇分頃までには油須原橋には到着し得ない。

(ロ)  被害場所から犀川町柳瀬を経て油須原橋に至る道路は自動車が通行し得るこの距離は約八キロメートルであるから自動車により時速四〇キロメートルで走るとすると一二分で到着することとなる、然し他人の牛を窃取するに被害者方まで自動車を乗りつけたとは考えられないし、なお当夜被害者方附近に自動車が来たと認められる資料なく、又被告人の供述によると売主は徒歩で牛を引いて来たと言うのであるから、その中間で自動車を利用したとしても自動車に積むまでの牛の歩行、卸してからの牛の歩行、積卸しの時間等を考察すると午後一〇時三〇分頃までに油須原橋に到着することは難しい。

(ハ)  仮りに午後一〇時三〇分頃油須原橋附近で被告人が牛を買いそのまゝ前記柿下橋まで徒歩で運んだとすると、その距離は約五〇〇〇メートルあるので牛の歩行所要時間は約一時間四〇分で九日の午前零時一〇分頃には柿下橋に到着することとなり谷延高夫は右柿下橋には未だ到着していない(谷延の検察官に対する供述調書による)ので谷延は被告人と会わない理であること

一、被告人は前示のとおり谷延高夫に対し、自己の姓名を「山本はるお」と偽称し、又売主の氏名を「たなかはるお」と弁解する、この名の一致は被告人が不用意に発した嘘言であると推認されること。

一、被告人は逮捕されて以来終始前記のとおり被害牛は行橋の「たなかはるお」なる人から金四五、〇〇〇円で買つたものであると弁解しているが、本件審理の終結に至るまでの間に、自己の弁解を立証するため右売主の所在につき、捜査官にその捜査を要求したと認むべき事跡なく、当公廷においても何らの申出もしない。又右買受金四五、〇〇〇円について司法警察員に対しては「以前から牛馬の売買の手伝いをしてもうけた金を貯めておいたもの」と供述し当公廷においては「内金六、〇〇〇円を現物を見る前の六月六日に方城町広谷の高津たかきよから借りて金四五、〇〇〇円として売買現場に持参した」旨供述を変えている、この点被告人の弁解を裏付ける重要な点であるので真実金六、〇〇〇円を「高津たかきよ」なる人から借受けて右売買代金の内金に充てたものであれば、当初からそのように述べてこの点の捜査をも要求し、又当公廷においても第一回の公判期日にその証拠調申出を為すべきに、最終公判期日に至りその申出でを為した事実

などの点を綜合すると被告人の弁解は合理性を欠き、且つ真実性乏しく採用するに由ない。

(累犯について)

なお被告人は昭和三一年九月二〇日当裁判所において窃盗罪により懲役一年六月に処せられ当時その刑の執行を終つたものであることは被告人に対する前科調書の記載により認定される。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二三五条に該当するところ、被告人には前示前科があるので同法第五六条第一項、第五七条に従い累犯の加重を為し、その刑期範囲内において被告人を懲役二年に処し同法第二一条を適用して未決勾留日数中四〇日を右本刑に算入すべく被告人は貧困のため訴訟費用を納付することができないことが明らかであると認められるので刑事訴訟法第一八一条第一項但書により本件訴訟費用は被告人に負担せしめないこととする。

よつて主文のとおり判決した。

(裁判官 吉松卯博)

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